片頭痛(へんずつう)とは、頭痛の一種で、偏頭痛とも表記する。頭の片側のみに発作的に発生し、脈打つような痛みや嘔吐などの症状を伴うのが特徴である。
片頭痛は、軽度から激しい頭痛、体の知覚の変化、吐き気といった症状によって特徴付けられる神経学的症候群である。生理学的には、片頭痛は男性よりも女性に多い神経学的疾患である[1][2]。
典型的な片頭痛の症状は片側性(頭の半分に影響を及ぼす)で、拍動を伴って4時間から72時間持続する[3]。症状には吐き気、嘔吐、羞明(光に過敏になる)、音声恐怖(音に過敏になる)などがある[4][5][6]。およそ3分の1の人は「前兆」と呼ばれる、異常な視覚的、嗅覚的、あるいはその他の感覚の(片頭痛が間もなく始まることを示す)経験をするとされる[7]。
初期治療としては、頭痛に鎮痛剤の服用、吐き気に制吐剤の服用、そしてさらなる発症の抑制がある。片頭痛の原因は未解明であるが、セロトニン作動性制御システムの障害であるという説が一般的である。
片頭痛には変異型があり、脳幹に由来するもの(カルシウムやカリウムイオンの細胞間輸送の機能不全が特徴的である)や、遺伝的性質のものなどがある[8]。双子に関する研究で、片頭痛を発症する傾向への遺伝的影響が、60~65パーセントの確率であることが分かった.[9][10]。さらに変動するホルモンレベルも、片頭痛と関係がある。思春期前には男女ほとんど同じ数だけ片頭痛を発症するのに対し、成人患者では実に75パーセントが女性なのである。片頭痛は妊娠中にはあまり発症しなくなると知られているが、中には妊娠中の方が頻繁に発症するという人もいる[11]。
詳細は「:en:ICHD classification and diagnosis of migraine」を参照
国際頭痛学会(International Headache Society, IHS)は、「国際頭痛分類 第2版(ICHD-2)」と呼ばれる文書で、片頭痛の分類と判断の指標を提供している[12]。
ICHD-2によると、片頭痛は全部で6種類に分類できる。うち何種かは更に詳しく分類される。以下は分類リストである。
- 前兆のない片頭痛あるいは普通型片頭痛は、前兆(視覚障害、下も参照)を伴わない片頭痛である。
- 前兆を伴った片頭痛は名前の通り前兆が発生する片頭痛である。それほど多くはないが、頭痛なしで、あるいは片頭痛ではないただの頭痛とともに前兆が現れる場合もある。他の下位分類としては、運動麻痺と前兆が起こる片頭痛である家族性片麻痺性片頭痛や孤発性片麻痺性片頭痛がある。近親者に同様の症状があれば「家族性」、そうでなければ「孤発性」とされる。他には、前兆と頭痛が言語障害、めまい、耳鳴り、その他脳幹関連の症状とともに起きる(運動麻痺はない)、脳底型片頭痛がある。
- 小児周期性症候群(片頭痛に移行することが多いもの)には、下位分類として周期性嘔吐症(時折激しい悪心や嘔吐が起こる)、腹部片頭痛(腹痛で、一般的には吐き気を伴う)、小児良性発作性めまい(時折めまいに襲われる)がある。
- 網膜片頭痛は、片眼の視覚障害や一時的失明を伴う片頭痛である。
- 片頭痛の合併症は、片頭痛や前兆が長いか頻繁であるか、発作や脳障害を伴うものである。
- 片頭痛の疑いは、ところどころに片頭痛の特徴が見られるが、確証を持って片頭痛であると言える証拠がない場合の症状である。
「:en:ICHD classification and diagnosis of migraine」も参照
片頭痛は、過小診断されたり[13]誤診されたり[14]することがある。国際頭痛学会によると、前兆のない片頭痛は以下の「5, 4, 3, 2, 1基準」に照らし合わせて診断されるという。
- 5回以上の発作
- 4時間から3日に渡る発症持続
- 片側だけの発症、拍動性、中程度から激しい程度の痛み、日常的な身体動作の回避やそれによる症状悪化、のうち2つ以上当てはまる
- 吐き気や嘔吐、羞明、音声恐怖のうち1つ以上当てはまる
前兆を伴った片頭痛については、上のうち2つのみ当てはまればそのように診断されてしまう。
「Pulsating, duration of 4–72 hOurs, Unilateral, Nausea, Disabling(拍動、4-72時間の持続、片側性、吐き気、障害)」の略であるPOUNDingという語は片頭痛の診断に役立っている。上の5つの基準のうち4つが合致した場合、その片頭痛の診断における陽性尤度比は24となる[15]。
「障害」か「吐き気あるいは過敏症」のうちどちらかが当てはまれば、感度81パーセント、特異度75パーセントの診断となる[16]。
片頭痛は、群発性頭痛などの他の頭痛の原因とは区別されるべきである。片頭痛でないものは、激しい痛みや刺すような片側性の頭痛を伴い、通常発症は15分から3時間程度続く。症状の発現はすぐで、片頭痛の特徴でもある前兆のような徴候は現れない。
[編集] 徴候と症状
片頭痛の徴候と症状は患者によって異なる。そのため、患者が発症の前、発症中、発症の後に何を経験するかということは、はっきりとは言えないのである。下のリストにある4つの段階は、片頭痛患者が通常経験する症状であるが、これらを必ずしも経験するとは限らない。さらに同じ片頭痛患者でも、経験する段階や症状は、発症が起きるごとに変わる場合がある。
- 頭痛の数時間から数日前に起きる前駆症状
- 頭痛の直前に起きる前兆
- 痛みの段階(頭痛段階)
- 後発症状
[編集] 前駆症状段階
片頭痛患者の40~60パーセントが前駆症状を発症する。この段階の症状としては、機嫌の変化、興奮、気持ちの落ち込みか高揚、疲労、あくび、過度の眠気、特定の食材に対する欲求、筋肉のこわばり(特に首周辺)、便秘か下痢、排尿回数の増加、その他内臓に関する症状、といったものがある[17]。これらの症状は通常、片頭痛の症状の数時間から数日前に起きるため、患者本人や家族は片頭痛の発症が近いことを予知することが出来る。
[編集] 前兆段階
およそ20~30パーセントの片頭痛患者が前兆を伴って発症する[18][19]。前兆は、発症の前か発症に伴って現れる局所的神経障害である。5分から20分かけてゆっくり段階的に現れ、普通は60分以内に治まる。片頭痛の頭痛段階は、通常この前兆段階が終わってから60分以内に始まるが、数時間ほど遅れたり、そのまま始まらずに終わったりすることもある。前兆の症状には、視覚的なものや感覚的なもの、運動神経に関するものがある[20]。
視覚的な前兆は、神経障害の中で最もよく起きるものである。これは普通、白や黒の形を成していない閃光が視覚を妨害するものである。また、その妨害が色とりどりの光によるものであったり(光視症)、まぶしいジグザグの線によるものであったりする(閃輝性暗点:城の銃眼付き胸壁のように見えることが多く、「要塞スペクトル」や「閃輝暗点症」とも呼ばれる[21])。患者の中には、まるで厚いガラスかスモークのかかったガラスを通して見ているかのような、チラチラ光る、ぼやけた、曇った視界を訴える者もいれば、場合によっては視野狭窄や片側視野欠損を訴える者さえいる。体知覚の前兆には、体の同じ側(右側など)の手や腕、鼻や口がチクチクするように感じる手掌口症候群などがある。このチクチクする感じは腕から顔の方へ拡大していき、唇や舌に達する。
前兆の他の症状には、幻聴や幻臭、一時的な不全失語症、めまい、顔や四肢のチクチク感や無知覚、感覚過敏といったものがある。
[編集] 痛みの段階
典型的な片頭痛は頭の片側だけで、ズキズキして、中程度か激しい痛みを伴い、身体運動で悪化することがある。ただしこれらの特徴の全てが当てはまるわけではない。発病時から両側が痛むこともあれば、片側から始まってもう片方へ痛みが移動する場合もあるし、発症ごとに痛む側が変わることもある。発症は普通、段階的に起こる。痛みはピークに達した後ややおさまり、その後大人は4時間から72時間、子供は1時間から48時間、痛みが持続する。発症頻度は人によって非常に様々であり、人生で数回しかない人から週に数回もある人までいるが、平均的には月に1回から3回ほど発症するとされる。頭痛の激しさも人によって様々である。
頭痛は必ず何か他の症状を伴って現れる。吐き気は約90パーセントの人に現れ、嘔吐は約3分の1の人に起こる。多くの患者は、羞明(光に過敏になる)、音声恐怖症、におい恐怖症、などとなって現れる感覚の過剰興奮を伴い、暗く静かな部屋を探そうとする。頭痛の間は、視界のぼやけ、鼻づまり、下痢、多尿症、顔面蒼白、発汗、といった症状が顕著になる。顔や頭皮に限局性浮腫が出たり、頭皮の圧痛、こめかみの血管の隆起、首の凝りや圧痛といった症状が起きたりもする。気分や集中力の障害が出ることも普通である。四肢は冷たさやじっとりした感じを感じることがある。めまいも起きるが、これは典型的な片頭痛の一つである前庭片頭痛と呼ばれるものである。
[編集] 後発症状の段階
疲労、「二日酔い」のような症状と頭痛、認知障害、胃腸症状、機嫌の変化、虚弱、といった症状が後発症状として表れる[22]。リフレッシュした気分になったり幸福感に満たされる人もいれば、気分の沈下や不快感に悩まされる人もいる。大抵は食欲喪失や羞明のような、頭痛段階の軽微な症状が続く。5時間から6時間ほどの仮眠を取れば痛みが軽減される人もいるが、それでも急に立ったり座ったりした時にちょっとした頭痛が起きることがある。そうした症状は十分な睡眠を取ればなくなると思われるが、その保証はない。発症の仕方や解消の仕方が他とは違う人もいるのである。
片頭痛の原因は多岐にわたるが、それらは行動によるもの、環境によるもの、伝染によるもの、食物によるもの、化学作用によるもの、ホルモンによるものにそれぞれ分類される。これらの要素は、医学文献では「誘発因子」として知られている。
例えば「The MedlinePlus Medical Encyclopedia」では、以下の要素を片頭痛の原因として挙げている。
— The MedlinePlus Medical Encyclopedia[23]
片頭痛は明らかな原因無しに起きることもある。片頭痛患者は、頭痛の発生を記録する「頭痛日記」をつけ自分の頭痛の誘因を特定するようアドバイスされることがある。また、誘因となる食物を避けるため、食事制限をするようにもアドバイスされることがある。 注意すべきは、誘発因子の中に量が関係するものがあるということだ。例えば、小さなブロックのダークチョコレートは片頭痛を引き起こさないだろうが、厚板半分なら、頭痛を引き起こすこともある。 2つ以上の誘発因子に同時に接触することで、発症率が高くなりうる。例えば気温、湿度、ストレス過多、睡眠不足、誘発因子である飲食物の摂取が重なることで、片頭痛を発症することがある。 正確な頭痛日記をつけ続け、自分に相応しい方法でライフスタイルを変化させていくことで、患者の生活の質は少なからず良くなるとも言える。回避可能な誘因を限定(制御)することで、発症頻度を減少させうる。
[編集] 食物
「自分の片頭痛の誘因となる食物を特定して避けるようにしたら、片頭痛の発症回数が減った」と報告している患者はたくさんいる。しかし、さらなる研究が必要とされている。
[編集] グルテン
回避することで片頭痛の発症回数が減ったり片頭痛自体が治ったりすると証明された食物が、グルテンである。セリアック病やその他のグルテン過敏系の病気を患っている患者は、グルテンアレルギーの症状として片頭痛を発症するともされる。ある研究結果によると、片頭痛患者は一般の人よりもセリアック病患者である割合が10倍も高く、そうした患者はグルテンが含まれない食事を続けることで片頭痛が減少あるいは治癒したという[24]。最近症状が悪化したり、治療への抵抗性があったりする慢性頭痛の患者10人を調べたところ、10人全員がグルテンに対して過敏症状を示したとする研究結果もある。MRIスキャンによって、各患者は中枢神経系にグルテンアレルギーによる炎症があることも分かった。それらの患者のうち、グルテンを含まない食事療法を続けた9人中7人が、以後完全に頭痛を発症しなくなったという[25]。
[編集] アスパルテーム
アスパルテームは人工甘味料として知られる物質である。このアスパルテームが片頭痛を引き起こすと信じている人もいるし、事例証拠もあるが、この件に関しては医学的には証明されていない[26]。
[編集] グルタミン酸ナトリウム
これは頻繁に誘発因子として報告されている[27]。プラセボ対照試験で、頭痛を含む反対の症状が出る頻度は、プラシーボ(偽薬)を投与した時よりも空腹時に2.5グラムのMSGを投与した時の方が高いことが判明した[28][29]。しかし他の対照試験では、食事と一緒に3.5グラムのMSGを投与しても何の反応もなかったとされる[30]。
[編集] チラミン
アメリカ頭痛財団はチラミンの理論に基づいた誘因物質の具体的なリストを出しているが[31]、ある2003年の批評記事は「チラミンが片頭痛に何らかの影響を与えるという科学的証拠は一切ない」と結論づけている[32]。 しかし、東京都健康安全研究センター(東京都立衛生研究所)の研究年報第55号(2004年)では関与が指摘されている[33]。チラミンを含むものとしては、上のリストに加えてココア、柑橘類がある[34]。
[編集] その他
2005年のある文献レビューで、現在ある食物の誘発因子に関する情報のほとんどが、患者の主観評価に拠るものであることが分かった[26]。食物の誘発因子がまさに片頭痛の発症を引き起こすか促進するようだと考える人もいたが、ほとんどの人はそれが片頭痛を引き起こすとは立証されていないだろうと考えた。そのレビューの筆者は、アルコール類の摂取やカフェインの服用中止、食事を抜くことが最も重要な食物の誘発因子であることや、脱水症の方がより注目に値すること?、そして赤ワインへの過敏性を持つ患者もいることを発見した。よく知られた疑わしい誘因であるチョコレート、チーズ、ヒスタミン、チラミン、硝酸塩といったものが片頭痛と関係あるという証拠は全くと言っていいほどない。しかし、筆者は「一般的な食事療法(制限)が片頭痛治療に効果的であるとは証明されていないが、確実に片頭痛の原因だとされてき た食物を避けるのは、個人にとっては有益なことだ」ともしている。
[編集] 天候
いくつかの研究により、片頭痛の中には天候の変化によって引き起こされるものもあることが分かった。ある研究では、被験者の62パーセントが「天候が原因である」と考えていたが、実際には被験者の51パーセントだけが天候に敏感であったという結果が出ている[35]。天候の変化があった間に片頭痛が発生した被験者は、実際に記録された気象データとは違う天候の変化を選んでいる。最も片頭痛を引き起こしやすいのは、順に以下の通りである。
- 温度と湿度の関係(高湿度+高温・低温の状態が最大の原因になる)
- 著しい天候の変化
- 気圧の変化
暖かなチヌック風が片頭痛に与える影響を検証した別の研究では、チヌック風が吹く直前や吹いている間に、多くの患者が片頭痛の発症回数が増えたと報告したとしている。片頭痛の発症を報告した患者の数が多かったのは、チヌック風の暴風日だった。この原因は、大気中の陽イオン量が増加したことだと考えられた[36]。
[編集] その他
ある研究により、インドの片頭痛患者の中には風呂の中で髪を洗うことが誘因となる人もいることが分かった。その誘因による影響は、洗った髪がその後どのように乾かされるかにも関係するのだという[37]。
強い香水も潜在的な誘因として考えられており、前兆の影響として匂いにより敏感になったと報告する患者もいる[38]。
[編集] 病理生理学
片頭痛はかつて、血管の問題のみが原因で起きるものだと考えられていた。片頭痛の血管説は今や脳機能不全に次ぐものと考えられており[39]、人々から疑われてきてもいる[40]。発痛点は少なくとも原因の一部であり、頭痛の多くを持続させる[41]。片頭痛の病理生理は未だに科学的根拠を持った理論が存在せず、さまざまな仮説が提唱されている。
主な症状である頭痛が終わってからも、片頭痛の症状は数日間持続する。多くの患者は片頭痛があった部分に痛みを感じており、片頭痛後の思考障害を訴える患者もいる。
双方共に不安障害によって引き起こされることから、片頭痛は甲状腺機能低下症の症状であるとも考えられている[42][43]。
メラノプシンがベースの受容器は、光感受性と片頭痛の痛みの関係性に関連づけられている[44]。
[編集] 脱分極説
皮質拡延性抑制(CSD)と呼ばれる現象が片頭痛を引き起こすとする説[45]。皮質拡延性抑制では、神経活動が脳皮質のとあるエリアにおいて抑圧される。この状況は脳神経根、特に顔や頭の大部分に感覚情報を運ぶ三叉神経の炎症を引き起こす、炎症性メディエータの発生を引き起こすことになる。
この考え方は神経画像検査技術によって裏付けられており、片頭痛はまず脳の機能不全(神経系)であり、血管の機能不全(血管系)ではないことが明らかになっている。脱分極の拡大(電位変化)は発症の24時間前に始まり、脳の最大エリアが脱分極された頃に頭痛が始まる。2007年のフランスのある研究で、ポジトロンCT(陽電子放出型断層撮影法・PET)の技術によって、初期段階で視床下部が脱分極エリアに決定的に含まれることが判明した[46]。
[編集] 血管説
片頭痛は脳内の血管が不適切に収縮・拡張する時に起きるとする説。これは脳の後ろ側の後頭葉から冠動脈攣縮として始まる。皮質視覚中枢は後頭葉にあるため、後頭葉からの血流の減少は前兆を引き起こし得るのである[39]。