気分とは持続的な情緒的色調であり、悲しみから喜びまでの正常なつながりとして感じ取られるものです。誰でも喜怒哀楽といった感情を持ち合わせているのが健康な人間です。しかし、この気分が変調をきたし、日常生活に支障がでてきたり、病的になった場合を気分障害(Mood Disorder)、または感情障害といいます。気分障害の特徴は抑うつまたは上機嫌といった感情が持続することであり、重症な症例では精神病的特徴を伴います。米国精神医学会精神障害の診断・統計マニュアル(DSM-IV)では、気分障害は双極性障害とうつ病性障害(単極性障害)に分類されています。
- 双極性障害(躁状態の時期がある)
双極I型障害…入院が必要なほどの強い躁状態
双極II型障害…躁状態が軽度
気分循環性障害…躁もうつも軽度だが、2年以上続いている
- うつ病性障害(うつ症状だけ)
大うつ病性障害…強いうつ症状
気分変調障害…うつ状態は軽いが、2年以上続いている
小うつ病性障害…軽いうつ症状
うつ病性障害というのは、気分が落ち込む「抑うつ気分」や何をしても興味が持てない「興味や楽しみの喪失」のために非常な苦痛を感じたり日常生活に支障が生じている状態です。誰しも、こうした気分の落ち込みや意欲の減退はありますが、たいていしばらくすると元に戻り、立ち直ります。この状態がしばらく続くような場合、それを「うつ状態」と呼びます。
しかし、一般に精神科領域で「うつ病」と呼ぶ場合、より症状の強い「大うつ病性障害」のことを指す場合が多く、重症の場合や自殺の危険性が高い場合などは抗うつ剤などによる薬物療法に加え、入院治療が行なわれます。なお、この状態が比較的軽く、以前抑うつ神経症や軽症うつ病などと呼ばれていたものが現在は、「気分変調障害」、「小うつ病性障害」と いう名称になりました。
菜食主義の食糧減量
なお現在、うつ病の原因としては、脳内の神経伝達物質(とくにノルアドレナリン、セロトニン)の量が減少してしまうことが原因ではないかと推定されています。このためうつ病性障害の多くは、神経伝達物質の量を調節する抗うつ剤をはじめとした薬物療法と十分な休養による治療で寛解し、予後は良好ですが、再発率も高い(50〜90%)ので具合がよくなってからも医師の指示に従いしばらく(半年くらいは)薬を飲み続けるほうがいいようです。※ちなみにごく最近、躁鬱病の発生に関与するDNA(遺伝子)が特定されたというニュースが掲載されました。この研究の成果は、今後の躁鬱病治療に大きく貢献するはずです。みなさん期待を持ちましょう。
バイク乗りからお尻の痛み
うつ病は、人口の5人に1人が生涯のうちに一度はかかると言われており、「心の風邪」などと言われるほどポピュラーなものですが、うつ病患者の自殺率(自殺既遂率)は他の精神疾患よりはるかに高く(入院患者の約15%)、その意味では「死に至る可能性のある病」であるという認識も重要です。男女比で見ると男:女=1:2で女性の方が多いと言われていますが、潜在的に男性の患者はもっと多いとも言われています。なお世界的に見ると個人主義的な文化的背景が強いためか、フランスが最もうつ病の患者さんが多く(日本のうつ病の12倍)、抗うつ剤の消費量も世界一であるという統計があります。ちなみに自殺防止デーまで設けられているこのフランスで� ��、最近「ファッション療法」が話題を呼んでいるそうです。うつ病などで治療を受けている自殺未遂経験を持つ青少年たちに最新のファッションを着用させることで、新しい別の自分を意識するきっかけを与えるそうです。摂食障害がある少女たちは、着たい服に合わせ、食生活改善の意欲が出るなど、効果は上々とのことです。なお、患者数に関しては日本44万人、米国1700万人(全世界では3億4000万人、WHO調べ)という統計結果がありますが、潜在的にははるかにこれを超えると思われます。50年前、日本は世界的にも稀な、うつ病が少ない国だったそうです。食生活の変化(日本人の体質には,魚からの成分が重要)も大きかったようですし,生活スタイルの変化(群れ遊びの減少,核家族化)も要因にあげられそうです。
な� �、一般にうつ病の心理的治療には探索的心理療法(とくにむやみに原因を探るようなもの、たとえば精神分析療法など)より現実指向的心理療法(場面場面でどう対処するかなど行動や思考パターンを変容していくもの、たとえば認知療法、対人関係療法、行動療法など)が効果的であるとされています。
昏睡中の脳活動
典型的な内因性のうつ病では、抑うつ的な気分は午前中にひどく、夕方以降に軽快してくるといった「日内変動」がよく見られます。ストレスによる一過性(心因性)のうつ病や神経症性のうつ病では、夕方以降具合が悪くなったりイライラが強まったりする傾向があるようです。また睡眠障害を伴うことが多く、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒のいずれもみられますが、最も多いのは早朝覚醒です。その他、体重の減少や頭痛、便秘などのほか自律神経症状を訴えることも多く、身体症状の背後に抑うつ症状が隠れてしまうケースもあり、これを仮面うつ病と呼んだりします。
典型的には義務感や責任感が強く、まじめな人がなりやすいと言われています。そのため本人は、うつ状態であることを周囲に申し訳ないと感じていることが多く、周囲からの励ましなどがあっても、元気になれない自分に対し「みんなの期待に添えない」などと余計負担に感じてしまいます。気分転換にカラオケやスポーツなどに誘うことなども逆効果なことが多く、元気がないときに「まわりに悪いから」と無理に元気な作り笑顔で振る舞ったりしてしまいがちで(とくに微笑みうつ病)、病状を悪化させかねません。ただでさえ心のエネルギーが欠乏している状態で無理をすると必ずといっていいほど、その余波(リバウンド)として一層の無力感に苛まれてしまいます。抗うつ剤などで一時的に元気になったときなども同様で、� ��まりテンションを上げ過ぎず、抑えることが早く良くなる秘訣です。
うつ病の患者さんに接するときは、十分な休養を取らせ、つねに暖かく見守り、辛い気持ちなどに耳を傾ける姿勢を持って下さい。叱咤激励や精神論などで励ます行為は絶対に禁物です。また、「死」を意味するような言葉やそぶりがあったときは、感情的に動揺せず、行動に注意を向けるだけでなく、必ず良くなることを根気強く語りかけたり、自殺をしないと約束させることなどが必要です。まったく意欲がなく動けないときには自殺を行動に移す気力もないものですが、具合が良くなり始めた頃もっとも自殺の危険性が高まるので注意して下さい。
繰り返しになりますが、学生や社会人の場合とくに、思いきって休学や休職をしてでも十分な休養(なにもせずゴロゴロできるのが一 番理想的です)をとって、薬を指示通りに飲みながら心のエネルギーが溜まるのをじっと待つことが治癒への最善の近道となるはずです。
なお、ボーダーライン、つまり境界性人格障害と気分障害(感情障害)との関係ですが、境界性人格障害も抑うつ気分、うつに似た症状(とくに自傷行為、自殺未遂)などを伴うことがありますが、それは境界性人格障害の症状の中のある種の「うつ状態」であって、「うつ病」ではありません。大うつ病性障害、ないしは気分変調障害の診断基準を満たして、なおかつ境界性人格障害を診断された場合はじめて、うつ病を併発、または合併しているとみなされます。また境界性人格障害に特有な虚無感、空虚感(むなしい、自分がないという感じ)も、うつ病性障害では悲しみ、寂しさ、自責感 などといった「感情的な辛さ」を本人が感じていることが多く、ちょっと違います。しかし、実際には気分障害と境界性人格障害の併発はよくあることのようですので、精神科医などの専門家によって客観的な診断を受けるべきです。
著名人では文豪ゲーテ、宮澤賢治、北杜夫、チャイコフスキー、チャーリー・パーカーなどが双極性障害(躁うつ病)であったと言われています。
一方、躁状態も現れてくるような状態は双極性障害と診断されます。躁状態というのは、非常に元気が良くなって何でもできると思い込むような状態です。気分爽快で自分ひとりで何でもどんどんできるように感じられたりします。躁状態が見られるような状態を、以前は躁鬱(そううつ)病と呼んでいました。
しかし現在では、躁状態とうつ状態の二つの極端な気分の波が現れてくることから、その症状をより正確に表現するために「双極性」障害と呼ぶようになりました。躁あるいはうつ病相を交代的あるいは周期的に繰り返すのですが、一般に各病相間は正常な状態に回復することが多いようです。双極性障害の出現頻度は単極性障害(うつ病)よりはるかに低く、人口の0.5〜5%程度であると言われています。双極性障害は抗うつ剤だけでなく主に気分安定剤などの薬物療法によって治療します。
参考図書)
『精神医学ハンドブック』p213-p230, 創元社, 1998
『カプラン臨床精神医学ハンドブック』p107-p124, メディカル・サイエンス・インターナショナル, 1997
『うつを治す』大野裕著, PHP研究所, 2000
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